『冷血』 IN COLD BLOOD ③

                        

 

Ⅱ 通り魔 

 

 クラター氏の長年の友人たちによる、惨殺された母屋の片付けの描写から始まる。農場の北側の畑で、血がついた敷布類、マットレス、ナンシーの枕、その他諸々が燃やされる。

 KBIのベテラン刑事、FBIの特別捜査官の経験もあった、アルヴィン・アダムズ・デューイーもこの事件を担当する。「いくつかの凶行を、この目で見てきているが、これほど凶悪なやつは初めてだ」と語る。

 群がり集まる多数の記者団。記者会見。

 住人たちは怯え、玄関に鍵をかけたことのなかった、のどかな村で、皆が鍵をかけはじめる。そして「おたがいを不信の目で眺め合うという異常な体験」をしていた。

 

 ディックとペリーの逃避行。オクラホマからメキシコへ。

 ディックは生まれつきのペテン師で、金を得るために、強盗、詐欺を抜け目なく、確実に行う。ペリーは、半分夢の世界で、半分は後悔の呵責のなかでディックと行動を共にする。

 メキシコ・シティー、アカプルコと移動し、ディックは偽造小切手を切り、女を騙して金を奪う。しかし、金はすぐに使い果たし、海底の宝といった夢物語ははかなく消え、カリフォルニアに戻る。

 

 ペリーの父との関係、バーバラとの関係が彼らの書いたものを通して語られる。それらに反応するペリーの姿によって、ペリー、父、バーバラの像が浮かび上がる。

 ペリーが刑務所に入ったとき、父は、息子を仮釈放させたい一心で書いた「息子の生活記録」と題する手紙をカンザス州仮釈放局宛に投函。

 ペリーはその記録に少なくとも百回は目を通し、熟読してきた。

 「彼はとても過敏な男なのです。彼の感情はほんのちょっとしたことで傷つくのですが、そういえば、私の場合もそうなのです」

 「ペリーはちゃんと取り扱ってもらえれば、とても思いやりのある人間であることを、私はよく知っています。だが、侮蔑的な扱いをすると、丸鋸をうならせるようなものです」

 私はペリーをまともに育てた。母親が悪い影響を与えた、と父は言う。
 私はペリーを愛している。「自分の全財産をペリーと共有するつもりです。私が死ねば、彼を受取人にしてある生命保険がかけてありますから、ペリーは新生活のスタートを切ることができます──彼が自由の身になれば。そのときまで私が生きていないとしての話ですが」

 ペリーは読むたびに、「自己憐憫を先頭に、最初は愛情と憎しみがしのぎをけずり、ついには憎しみが愛を追い抜くのであった」

 

 ペリーは子どもの頃、父親になついていた。何度か母の元を逃げ出し、父を探しに出かけたことがある。
 母は、ペリーをカソリックの孤児院に入れた。「尼さんたちは朝から晩までわたしに冷たく当った」
 「あの女(ペリーの母親)はわたしをもっと悪い施設、救世軍の少年保護施設に入れた」そこでもベッドを濡らすことと、インディアンの血が混じっていることで、虐待を受けた。

 

 父はペリーを連れ出し、ワイオミング、アイダホ、オレゴンと流れ歩き、最後はアラスカへ。そこで父は息子に砂金を採ることを教えた。「わたしは音楽や読書も好きだったが、一度もしっかりやれよと励まされたことはなかった」

 父親とのいさかいがあり、アンカレッジからシアトルまでヒッチハイクし、16歳で商船隊で働き始める。その後軍隊に入る。朝鮮戦争に従軍し、青銅星章をもらった。日本にも行ったことがある。

 除隊になると、単車で父のいるアラスカに出発。バイクの事故で手術と入院生活、6ヶ月。さらに6ヶ月、若いインディアンのきこり兼漁師の山小屋で養生した。ジョー・ジェームズとその妻は親切だった。7人の子どもたちと一緒に自分の子どもの一人のように扱ってくれた。

 父親はペリーを待っていて、二人は狩猟者用ロッジを独力で建設。だが、狩猟家も観光客も姿を見せず、二人の間は険悪になる。ペリーは父の喉元に手をかけ、逃れた父は猟銃の銃口を彼に向ける。

 「〝いいか、ペリー。わしがおまえの目にうつる最後の生き物だぞ″ところがパパは銃に弾丸をこめていないことに気がついた。パパは泣きだした」

 わたしは外に飛び出し、帰ってきたら、わたしの所持品はすべて雪の上に放り出してあった。本。衣類。何もかも。わたしはギターだけを拾いあげて、そこを出ていった。

 

 カンザス州仮釈放局宛の姉バーバラの手紙。

 「パパはあなたの悪業にも、そしてよい行為にも責任がないということです。~パパはもちろん、姉さんも当惑しています─あなたが姉さんに心から後悔しているようすを少しも見せてくれず、すべての法律、すべての人間、その他いかなるものをも尊重していないように思われるからなのです。あなたの手紙にはあなたの起したすべての問題の責任は誰かほかの人にあって、けっしてあなた自身の責任ではない、と書かれています。~でも、正確にいって、あなたは何をやりたいと思っているのでしょうか? 進んで仕事をし、なんであれ、自分がやろうと決めたことを達成するために、まじめに努力をする気があるのですか?」

 「あなたが、あなた一人が責任を取るべきであり、あなたの人生のこの試練を乗り越えていくのは、あなた、あなた一人の責任なのです」

 ウィリー・ジェイの感想。

 「きみの手紙は、きみに必然的な影響をあたえたきみの人生観を説明しようとしたものだった。だか、この手紙は誤解されるか、あまりに文字どおりに読まれるか、の運命にあった。きみの考えが因襲主義と相反するものであるからだ。三人の子供をかかえ、家族をとても大事に思っている主婦、これほど因襲的なものはいないではないか???? ~因襲主義の中にはかなりの偽善が含まれている。ものを考えている人間なら誰でもこの逆説に気づいている。だが因襲的な人間を扱うときには、彼らが偽善者でないようなふりをして接するのが得策なのだ。これは自分の考えに忠実であるかどうかの問題ではなく、きみが因襲の圧迫という絶えざる脅威にさらされることなく、一個人として存在できるための妥協の問題なのである」

 「きみたちのパパが手紙を通して、彼女の父親観を正当化するような絵を描いたのである──愛情と関心を惜しみなく注いでやったにもかかわらず、その息子に裏切られ、いまわしい待遇を受けて苦しむ犠牲者という姿をつくりあげたのだ」

 「きみときみの姉の間の文通は、純然たる社交的機能以上の意味を持ちえない」

 

 ペリーは、バーバラに言った。

 「おれはおやじの黒んぼだったんだ。~あん畜生は一度もおれにチャンスをあたえてくれなかったんだ。学校にも行かせてくれなかったんだよ。~あいつが、ただあいつについてものを運ぶこと以外、おれに何も覚えてほしくなかったからさ。おれを間抜けな無知な人間にしときたかったんだ。そうすりゃ、俺は永久にあいつから逃げ出せやしねえからな。だけど、おまえは学校へ行ったじゃないか。おまえとジミーとファーンはさ。おまえたちはみんな学校へやってもらったじゃないか。おれ以外はみんなね。だから、おまえたちが憎いんだ。おまえたちみんなが──おやじも誰もかれもがさ」

 

 ペリーは、「わたしが心から残念に思っているただ一つのことは、あの家に姉がいなかったことだ」、と言っている。

 

               

 

 

 

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