犯罪・罪

『1★9★3★7 イクミナ』

「記憶の墓をあばく」というすさまじく暗く重たい熱量。目を見開き、見たくないもの、隠れているもの、隠蔽されているものを見ようという意志のほとばしり。負の歴史に対峙するとはこういうことなのかと震撼させられる。「ゲッベルスと私」のポムゼルと対極にある生のかたち。
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映画「ゲッベルスと私」

自分が何をしたか、何をしなかったか、そういう問いの立て方ではなく、私は精一杯生きた。あの時代、仕方がなかった。仕事に誠実に生きた、と語る姿。同時に、私は知らなかった、と語る姿。彼女の思いは、当時を生きたドイツの普通の人々の思いでもあるだろう。
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映画「ちいさな独裁者」

人間の悪意をあぶりだしていて、それが事実として坦々と描かれていて、とても不快な気分になる。現実にあり得ること、似たようなことはどこでも起こり得る。そのどす黒さと逡巡のなさに耐えきれないのか。小さなヒトラーはどこにでもいる。
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映画「ミスティック・リバー」

デイヴは自分が選んだ道を歩いてきたのではない。ただ不可抗力のようにして、ひとつの道を歩いてきたのだ。その道を常に否定しながら。そしてデイヴは破滅した。破滅させられた。 最後のどんでん返しと、見る者に委ねられたようなラスト。人によってそれぞれの物語がそこから始まる。

『彼女は頭が悪いから』

「2016年5月11日、東京大学男子学生5人、強制わいせつで逮捕」 現実に起こった事件に着想を得た書き下ろし小説。あるがままを誰かに受け止めてもらえること。これが傷ついた人間が究極に求めることではないか。ここを通してしか再生はないのではないかと思う。

『謝るなら、いつでもおいで』

2004年、佐世保小六女児同級生殺害事件。12歳の小学6年生が、同級生を、カッターナイフで殺す。現実に起こったことだと信じられなかった。 被害者の父親が、事件後すぐに報道陣の記者会見に応じていたので、とても驚き心配になった。ひどく深く自分を損なってしまうのではと、とても気にかかった。
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映画「インファナル・アフェア」

マフィアに潜入する刑事トニー・レオンと、マフィア側から警察に潜入するアンディ・ラウ。潜入10年の疲弊で追いつめられ精神のバランスを崩しそうな刑事と、同じく緊張を強いられ続けるマフィア側のスパイ。警察もマフィアも、自分の組織にスパイがいると感知する。

『わたしを離さないで』

『わたしを離さないで』で、キャシーは、「一本の線のこちら側にわたしとトミーがいて、あちら側にルースがいます。こんなふうにわかれているのは、わたしには悲しいことです」と言う。『闇の子供たち』に関して、永江朗は、「「ここ」と「向こう」に線を引き、「ここ」にとどまる者にはけっして書き得ない」本だと書いている。

『グロテスク』

 1997年3月に東京渋谷の円山町で起きた「東電OL殺人事件」と呼ばれる事件をモチーフにした小説。被害者は一流企業に勤務する39歳のエリート女性で、夜は売春をしていたらしいことで、人権侵害にも近いメディアの報道が続いた。斎藤美奈子は解説で、「『グロテスク』によって、はじめて私は、事件の被害者が「救われた」と感じた」と書いている。
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映画「イースタン・プロミス」

陰鬱なロンドンの闇の世界に息づくロシア・マフィアの人身売買。一人の少女がドラッグストアで大量の血を流して倒れる。少女は妊娠しており、赤ん坊は何とか助かるが、少女はどこの誰ともわからず死んでしまう。助産師アンナは少女の身寄りを探そうと、少女が残したロシア語の日記を解読しようとする。マフィアの運転手、ニコライの暗い影とかすかな温かさ。そして、得体の知れなさ。