カポーティの数寄な生涯を友人、愛人、ライバルが生々しく証言した、聞き書きによる伝記『トルーマン・カポーティ(上、下)』(ジョージ・プリンプトン著)がある。
その中にカポーティ自身の言葉もあり、次のように述べている。
葉や花のある植物を読者にさしだすのではなく、読者の心に種子を埋めこみたかった。あの本(『冷血』)については、そう考えていました。何を語るか、そしていかに語るかを選択することで、自分自身の意見を伝えようとしたのです。
(読者から寄せられた)手紙の70パーセントは、あの本がアメリカの生活を反映していると考えています──絶望的で、無慈悲で、あてがなく、野蛮なアメリカと、多かれ少なかれ孤立してはいるが安全なアメリカの間の衝突。あの本は、現在起こりつつあることについて、恐ろしいほどあからさまに描いているからこそ、人の心を打つのです。あの本に描かれた人びとは、自らのコントロールを完全に奪われています。たとえば、ペリーは悪人ではありません。人生でチャンスを与えられていれば、ものごとは違っていたでしょう。しかし、どんな幻想を抱いていたにせよ、それらはすべて消え、だからこそあの夜、彼は傷だらけになり、自分を哀れみつつ、誰かを殺さずにはいられなかった──あの夜でなくても、次の夜、またはその次の夜に。欲しいものが何一つ手に入らなかったら、人は生きていけない、絶対に。
ペリーがああいうことをしたのは、彼自身が述べている理由のためだと私は思っています──彼の人生はたえず幻滅と挫折の積み重ねであり、彼は不意に(あの夜、クラター家で)心理的な袋小路に入っている自分に気がついたのです。クラター一家は、彼が自分の人生で望みながら得られなかったものの完全な象徴でした。ペリー自身がこういっています。「私は彼らになんの恨みもなかった。彼らに何かひどいことをされたわけでもない──他の人たちには、それまでずっとひどい目にあわされてきたが。たぶん、彼らはその連中の身代わりにされただけなんだろう」
カンザス州刑事施設長のチャールズ・マカティーも同様のことを語っている。
ペリーにとって、ハーブ・クラターは父親に望んで得られなかったすべてを体現していた──家、安定、家族。彼を愛すると同時に憎んでもいたんだと思う。いわば、ペリーは自分の父を殺したんだ。『冷血』には、ペリーのこんなセリフがある。「あの男は好きだった。とても。彼の喉を切り裂くその瞬間まで好きだった」
カポーティ自身に対する証言。
南部に生まれ、崩壊した家庭に育ち、田舎町に住む親類の家をたらいまわしにされた一人の男──成人してからも長いあいだ、大勢の人から子供のように思われた青年。(ジェームズ・ディッキー)
孤立感、孤独、侘びしさ、喪失感。この喪失感からは、幻覚、狂気、妄想が生まれやすい。(同上)
彼の一面、たぶんそれが崩壊の原因だったんじゃないかしら。アル中患者のほとんどがそうだけど、つまり、あまりにも感受性が強すぎる。繊細すぎたのね。トルーマンはあるとき、こんなことをいった。百万回目にもなる禁酒で入院していたときよ。なかには人生のまばゆい光に耐えきれない人間もいるんだ、と。(ケイト・ハリントン)
この長い小説を3回は熟読した。私にとって骨にくい入るような小説だった。
曲がりなりにも外に向かって何かを書くとき、それが成功しているかどうかは別として、読む人にわかってもらえるようにと気を遣いながら書く。しかし、これに関しては自分のためだけに書いた。書かずにはおれないと思うことを書いた。
カポーティがペリーに自分を見ていたように、私もペリーに自分を見ていた。
カポーティは、ペリーを通して、小説の中で世界を作りあげることができた。私は世界を作りあげることができないので、冷血の世界を引用した。それは自分のために必要なことだった。
「他者の傷の物語に、これこそ自分だ!って感動することでしか慰められない孤独がある」と、『ある男』の主人公は語っている。
確かに自分にピッタリの物語、世界が見つかったとき、現実と少し折り合いをつけることができるかもしれない。しかし、それは半分気休めの世界でしかない。
怒りをコントロールできないということ。
ある状況で、怒りのスイッチが入るというのは、ペリーが陥った、「雷管がダイナマイトの発破薬に点火するとき起る爆発に似ている」という構造と同じかもしれない。
何らかの記憶と結びついてしまうとき、コントロール不能な怒りが爆発する。それは言葉の暴力と化す。
肉体的暴力であれ、言葉の暴力であれ、相手の存在をないものとしたいことが暴力の帰結なのではないかとも思う。ここから、どうしたら回復できるだろうか。

