平尾晃著 イースト・プレス 2016年
野球崩壊! 売らんかなの、仰々しいタイトルだなあと思いつつ、手にとってしまった。トンデモ本かとも思ったが、中身は意外にまともだった。
著者は、日米の野球記録を専門に取り上げるブログサイト「野球の記録で話したい」を運営。豊富なデータを元に、日本野球の現状を分析し、「太平の世を謳歌する野球界に冷水を浴びせる」がごとく鋭く切り込んでいる。
誰も言わないからあえて言う。このままでは野球に未来はない。
初っぱなから刺激的なフレーズ。
本文中には、
野球は旧弊で、人権意識が希薄で、強圧的で、時代に取り残されつつある(p.170)、とも出てくる。
野球ファンを自認する著者の、裏返しの野球愛に溢れた本である。
章立てと見出しを簡単に紹介する。
1.プロ野球があぶない─観客動員増の裏で起きた「モラル崩壊」
清原和博の覚せい剤使用/讀賣巨人軍選手の野球賭博事件/プロ野球界の「金まみれ体質」……
2.競技人口の減少が止まらない─少年野球、高校野球もあぶない
高知新聞が報じた「不都合な真実」/小中学生の野球部員はやはり減っていた/2010 年に何が起こったのか?/野球エリートは減っていない/現実から目をそらす野球界、大メディア……
3.なぜ野球は嫌われるのか?─「野球離れ」の要因
①親の負担 ②暴力、パワハラ ③勝利至上主義 ④エリート主義
⑤24時間、365日野球漬け ⑥団結しない野球界
4.世界の野球に学べ
5.サッカーに学べ
6.野球再建への10の提言
①野球界を統括する組織の創設
②本当に組織を統括することができる経営者の擁立
③野球組織からのメディアの排除
④「甲子園」の解体と再生
⑤指導者のライセンス制の導入
⑥プロ野球と社会人野球、独立リーグの一体化、組織化
⑦女子野球の振興
⑧高校野球を含む「部活」の改革
⑨野球ビジネスの一体化
⑩「百年構想」への参加
個々の内容は、野球に関心を持つ人はどこかで目にしていると思うし、感じ取っていることも多いだろう。
地域の少年野球チームに子どもが集まらないというのは、もう何十年も前から言われていた。それを放置していたのだから、現在子どもの野球人口が減っているのも、当然と言えば当然だ。
高校野球人気とプロ野球の入場者数の上昇で、野球人気は底堅いように見えているが、実は根っこの部分はスカスカで、確かに10年もしたらマイナースポーツに転落というのも、あながち誇張とは言えないかもしれない。
野球の中枢にいる人たちの旧態依然とした態度、危機意識の薄さに、著者は腹を立てている。もっと、サッカーに学んだほうがいいと。
1993年にスタートしたJリーグは、1996年、「百年構想」を打ち出す。
スポーツで、もっと、幸せな国へ。
・あなたの町に、緑の芝生におおわれた広場やスポーツ施設をつくること。
・サッカーに限らず、あなたがやりたい競技を楽しめるスポーツクラブをつくる
こと。
・「観る」「する」「参加する」。スポーツを通して世代を超えた触れ合いの場を
広げること。
(Jリーグ公式ページ)
「スポーツは、現代人が健康で文化的な生活を送るうえで必須のものであり、国民は等しくこれを享受する権利がある。そのスポーツを地域に根づかせ、スポーツを通したコミュニティを創り、そのうえでプロチームを生んでいく。Jリーグは、そういう理念のもとに全国に拠点を広げ、チーム数を増やしている」(p.178)と、著者は熱く語る。
確かに野球界は、サッカー界の爪の垢を煎じて飲んだほうがよさそうだ。
子どものサッカー人口が増えているのも、こうした積み重ねの帰結なのだろう。
サッカーのプロ化を推進した、Jリーグ初代チェアマン川淵三郎のインタビューの中でも、サッカーの基本的な姿勢がよく表れている。
著者は、「サッカーの先進性を見るとき、野球とのあまりの違いに、絶望感さえ覚える」(p.188)と書いている。
野球界もさすがに重い腰を上げた。
2018年、日本高校野球連盟、朝日新聞社、毎日新聞社は、高校野球100年の節目に、「高校野球200年構想」を発表した。次の100年に向けた行動計画と24事業からなっている。
行動計画の五大目標
野球未経験者にアプローチする「普及」
野球経験者に競技をけいぞくしてもらう「振興」
故障によって競技を離れる人を減らす「けが予防」
指導者や選手の技術向上を目指す「育成」
目標を達成するための「基盤作り」
と具体的な24事業
・子ども向けティーボール教室の開催
・高校生と小中学生の交流イベントの開催
・小中高生対象の継続的な肩ひじ検診の実施
・情報共有のためのシステム作り
など
これに対して、著者は、「東洋経済ONLINE」2018年5月26日の記事で、方法論のみで、理念、コンセプトがないと苦言を呈している。
それでも、具体的な取り組みが各地ではじまっている。
「webSportiva」の今年3月14日の記事に、都立石神井高校野球部の取り組みが掲載されていて興味深かった。全国で、野球の裾野を広げるための、アリの一歩のような地道な歩みがはじまっているのだろう。
平行して、「野球界はどうあるべきか」「何を目指すのか」といった根本的な問題にも、野球界の上層部、監督、コーチ、選手、裏方で支える人から、ファンまで、野球に関わる人みんなで他人事と思わずに、真正面から取り組めたら、野球の世界も少しは変わるだろう。